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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

あいつは気の弱い奴だから、そんなことばかりしていると、いずれ首でも縊ってしまう。高木は血便が出るほど勉強して、俺を無罪にしたンだから、それ位の罪は、とっくに消滅している。俺はもう何も怒っておらぬヨ。貴様にたいしても、高木に対しても」

俺はありッたけの下着を脱いで陶に着せかけ、大急ぎで別荘に駆戻った。陶の夜着代りにする厚手の外套を二枚と懐炉を抱えて出ようとすると、座敷の隅に、通夜の客に配る折詰弁当が積んであったから、ついでに三つほど盗み出して小屋へ戻った。二度目には、首尾よく座布団と茶の入った土瓶を盗み出したが、途中、ふところで熱い茶がこぼれ出して火傷をした。

読経のはじまる頃にまた別荘に帰ったが、心が弾ンでいるもンだから、焼香の途中で噴出しそうになって閉口した。翌日、高木と二人で東京へ行って、無事に埋葬を済ませた。何処の誰とも判らぬ者の葬式に、高木ははじめから終いまで泣き通しだッた。どうしてそんなに泣くのかと訊ねたら、此頃、気鬱病で訳もなく泣きたいのだから、放って置いてくれと言った。

小屋の中に少しずつ品物が増えた。欠茶碗に沢庵を盛るようなことはあっても、さまで日常に事欠かぬようになった。