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げんおじ
源おじ
国木田 独歩
「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,455 字 · 23 页
近ごろはあるかなきかに思われし源叔父またもや人の噂にのぼるようになりつ。
雪の夜より七日余り経ちぬ。夕日影あざやかに照り四国地遠く波の上に浮かびて見ゆ。鶴見崎のあたり真帆片帆白し。川口の洲には千鳥飛べり。源叔父は五人の客乗せて纜解かんとす、三人の若者駈けきたりて乗りこめば舟には人満ちたり。島にかえる娘二人は姉妹らしく、頭に手拭かぶり手に小さき包み持ちぬ。残り五人は浦人なり、後れて乗りこみし若者二人のほかの三人は老夫婦と連の小児なり。人々は町のことのみ語りあえり。芝居のことを若者の一人語りいでし時、このたびのは衣裳も格別に美しき由島にはいまだ見物せしものすくなけれど噂のみはいと高しと姉なる娘いう。否さまでならず、ただ去年のものにはすこしく優れりとうち消すようにいうは老婦なり。俳優のうちに久米五郎とて稀なる美男まじれりちょう噂島の娘らが間に高しとききぬ、いかにと若者姉妹に向かっていえば二人は顔赤らめ、老婦は大声に笑いぬ。源叔父は櫓こぎつつ眼を遠き方にのみ注ぎて、ここにも浮世の笑声高きを空耳に聞き、一言も雑えず。
「紀州を家に伴えりと聞きぬ、信にや」若者の一人、何をか思い出て問う。