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げんおじ
源おじ
国木田 独歩
「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,455 字 · 23 页
生の母ならで定に知るものあらんや、哀れとおぼさずや」翁は老夫婦が連れし七歳ばかりの孫とも思わるる児を見かえりつついえり。その声さえ震えるに、人々気の毒がりて笑うことを止めつ。
「げに親子の情二人が間に発らば源叔父が行末楽しかるべし。紀州とても人の子なり、源叔父の帰り遅しと門に待つようなりなば涙流すものは源叔父のみかは」夫なる老人の取繕いげにいうも真意なきにあらず。
「さなり、げにその時はうれしかるべし」と答えし源叔父が言葉には喜び充ちたり。
「紀州連れてこのたびの芝居見る心はなきか」かくいいし若者は源叔父嘲らんとにはあらで、島の娘の笑い顔見たきなり。姉妹は源叔父に気兼ねして微笑しのみ。老婦は舷たたき、そはきわめておもしろからんと笑いぬ。
「阿波十郎兵衛など見せて我子泣かすも益なからん」源叔父は真顔にていう。
「我子とは誰ぞ」老婦は素知らぬ顔にて問いつ、
「幸助殿はかしこにて溺れしと聞きしに」振り向いて妙見の山影黒きあたりを指しぬ、人々皆かなたを見たり。
「我子とは紀州のことなり」源叔父はしばしこぐ手を止めて彦岳の方を見やり、顔赤らめていい放ちぬ。怒りとも悲しみとも恥ともはた喜びともいいわけがたき情胸を衝きつ。