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おぼるるもの
溺るるもの
豊島 与志雄
「中央公論」1928(昭和3)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,690 字 · 36 页
その時、あたしはふとあの人の言葉を思い出した。僕は君の一生のことを考えているんだ、今のことじゃない、お婆さんになった先のことまで考えているんだ……。あたしは眼をつぶった。真暗なものが見えてくる……。石塔の代を盲目の兄のところへ返して、それから、一生だって……。どこまでも、はてもなく、真暗な闇が続いてるようだった。あたしは笑ってやりたかった、が笑えなかった。泣いてやりたかった、が泣けなかった。歯のぬけたあとに冷い風が吹きこんだ。
長くたってから、あたしはそっと階下の台所におりていった。戸棚の中を探して、冷い酒をコップで二三杯飲んだ。
それから、どうしたのか、あたしは眠ってる男をゆすり起していた。
「あたしが起きてるのに、眠るって法があるの。土竜みたいに、布団の中に頭からもぐりこんでさ……。お起きなさいったら。起きて頂戴よ。」
ふりの若いお客だった。なまっ白い額に柔い髪の毛が垂れかかっていた。それをかき上げながら、むっくり起き上って、あたしの方を頓狂な眼付で見ていた。
「何かして遊びましょう。ああそう、何にも道具がないわ。お人形が一つ……。それと、あたしがこうしてると、お人形のように見えなくって……。