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そうせきのじんぶつ

漱石の人物

和辻 哲郎

「新潮」1950(昭和25)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,438 字 · 23 页

青空文庫

木曜会で集まっている席へ、パジャマに着かえた愛らしい姿で、お休みなさいを言いに来たこともある。私は直接なじみになっていたわけではなく、漱石の没後にも、一時家を出ていたころに、九日会の日に玄関先で見かけたぐらいのものであった。だからベルリンの日本人クラブで、二十歳の青年になっている純一君から声をかけられたときには、初めは誰かわからなかった。名乗られて顔をながめると、一高の廊下で時々見かけたころの漱石の面ざしが、非常にはっきりと出ているように思えた。それから時々往来するようになり、さそわれていっしょにテニスをやりに行ったりなどしたが、似ているのは面ざしだけでなく、性格や気質の上にもかなり濃厚に父親似が感ぜられた。当時ベルリンで逢う日本人のうちでは、一番傑出した人物であったかもしれない。しかしまだ若い上に、釣り合いのとれないチグハグなところがあった。それは当人も気づいていて、「おれは日本語の丁寧な言葉ってものを一つも知らないんだよ。だから日本から来たヘル・ドクトルの連中に初めて逢って口をきくと、みんな変な顔をするんだ」と言っていたことがある。この純一君と話しているうちに、漱石の話がたびたび出たが、純一君は漱石を癇癪持ちの気ちがいじみた男としてしか記憶していなかった。