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そうせきのじんぶつ
漱石の人物
和辻 哲郎
「新潮」1950(昭和25)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,438 字 · 23 页
いくら私が、そうではない、漱石は良識に富んだ、穏やかな、円熟した紳士であったと説明しても、純一君は承知しなかった。子供のころ、まるで理由なしになぐられたり、どなられたりした話を、いくつでも持ち出して、反駁するばかりであった。そこにはむしろ父親に対する憎悪さえも感じられた。それで私ははっと気づいたのである。十歳にならない子供に、創作家たる父親の癇癪の起こるわけがわかるはずはない。創作家でなくとも父親は、しばしば子供に折檻を加える。子供のしつけの上で折檻は必要だと考えている人さえある。それは愛の行為であるから、子供の心に憎悪を植えつけるはずのものではない。創作家の場合には、精神的疲労のために、そういう折檻が癇癪の爆発の形で現われやすいであろう。しかしその欠点は母親が適当に補うことができる。純一君の場合は、母親がこの緩和につとめないで、むしろ父親の癇癪に対する反感を煽ったのではなかろうか。そのために、年とともに消えて行くはずの折檻の記憶が、逆に固まって、憎悪の形をとるに至ったのではなかろうか。そうだとすれば、漱石夫妻の間のいざこざが、こういう形に残ったとも言えるのである。