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こぞうのゆめ
潤一郎ラビリンスV――少年の王国
谷崎 潤一郎
谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンスV――少年の王国』。同一底本的分册已合并为一书。收入:小僧の夢、小さな王国、二人の稚児。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,989 字 · 144 页
だから誰でも美しい音楽を耳にすれば、その中に現れて居るものは、自分の胸に昔から潜んで居たような心地がする。自分が云おう云おうとして云えなかった物が、其処に滾々として泉の如く流れて居るのを会得する。或は又、自分が前の世で出遇った覚えはありながら、此の世へ生れて来た瞬間にすっかり忘れてしまったものを、今改めて囁かれるような感じを起す。もっと簡潔に云い換えれば、魂が自分の故郷へ帰ったような歓びに打たれる。
そこで己は、こう云う事が云えると思う。もし藝術が自然の模倣、現象の再現であるとしたら、経験の世界から最もかけ離れて居る音楽は、畢竟藝術でなくなる訳である。音楽の世界には、われ/\が日常目撃する所の、樹木だの人間だの、空だの雲だの、橋だの家だのと云う物が一つもない。音楽は全く、自然主義者の所謂拵え物、空想の産物である。それにも拘らず、昔から音楽は立派な藝術の一つとされて居る。そうして見ると自然主義者の云った事は、出鱈目に違いない。事に依ると彼奴等は、「一概に藝術と云っても、文学と音楽とは条件が違う。」などゝごまかすかも知れないが、己はなかなか其の手は喰わない。