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むげつものがたり
無月物語
久生 十蘭
「オール讀物」1950(昭和25)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,485 字 · 36 页
「時疫とは、いったいどのような」
「脚気が腹中に入って、みまかられました」
泰文は薄眼になって聞いていたが、
「かわいそうな、さぞ痛い脚気だったろう」
と人の悪いことをいった。
朝霞が死んだのは承安三年の十月のことだったが、それから二年ほどはなにごともなくすぎた。
泰文は相変らず公子のところに通い、子供らは母のいない北ノ坪でしょんぼりと暮らしていた。すさまじい扼殺が行なわれた夜、葛木と光麻呂は遠く離れた曹司におり、花世はまだ十一で、眠っていたところを清成に抱きだされたのだったから、三人の子供らは、母がそんな死にかたをしたことは露ほども知らなかった。召使どものいうとおり、深草の実家で病死したと信じていたので、心の奥底にある母の影像は、さほど無残なようすはしていず、母に死なれた悲しみも、月日の経つにつれてすこしずつ薄れ、誰もあまりそのことをいいださぬようになった。
二年後のおなじ月に新しい母がきた。前母は口数をきかない冷たい感じのひとだったが、こんどの母は明るい顔だちのよく笑うひとで、前母よりとしをとっているくせに、子供らといっしょになって扇引や貝掩をやり、先にたって蛍を追ったり、草合せのしかたをおしえたり、一日中、にぎやかにしている。