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むげつものがたり
無月物語
久生 十蘭
「オール讀物」1950(昭和25)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,485 字 · 36 页
たそがれどき、大入道で手足が草の茎のように痩せた、外法頭という化物が、通りすがりに血走った大眼玉でグイと睨みつけて行く。それがしの中将などはそれで驚死したということだが、つまりはそういった感じである。いつも眠そうに眼を伏せているが、時折、瞼をひきあげて、ぞっとするような冷たい眼附で相手を見る。武芸のある手練者も、泰文の冷笑的な眼附でジロリとやられると、勝手がちがうような気がして手も足も出なくなってしまう。当代、泰文ほど人に憎まれた男もすくないが、思うさま放埓な振舞いをしながら、ただの一度も刀杖の厄を受けずにすんだのは、ひとえに異風の庇護によることであった。
一般の庶民は別にして、公家堂上家の生活は、風流韻事に耽るか、仏教の信仰にうちこむか、いずれはスタイルが万事を支配する形式主義の時代にいながら、泰文は、詩にも和歌にも、文学じみたことは一切嫌い、琵琶や笛の管絃の楽しみも馬鹿にして相手にせぬばかりか、かつて自分の手で拍手を打ったことも、自分の足を、寺内へ踏みこませたこともないという、徹底した無信心でおしとおしていたが、そのくせ侮辱にたいしてはおそろしく敏感で、馬鹿にされたと感じると、その日のうちに刺客をやってかならず相手を殺すか傷つけるかした。