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ちちのおもかげ

父の俤

佐藤 垢石

「釣りの本」改造社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,948 字 · 4 页

青空文庫

手もとは、まだ暗い。

父は、池の岸に腹這いになって、水底の藻草を叉手で掻きまわしている。餌にする藻蝦を採っているのである。

藻の間を掬った叉手を、父が丘へほおりあげると、私は網の中から小蝦を拾った。藻と芥に濡れたなかに、小さな灰色の蝦がピンピン跳ねている。

母は、かまどの下で火を焚きはじめたらしい。池のあたりまで薪のはねる音が聞こえてくる。昧暗から暁へ移った庭へ、雄鶏が先へ飛び降りて、ククと雌鶏を呼んだ。

初夏とはいうけれど、時によっては水霜も降りるこの頃では、朝の気は私の小さな手に冷たかった。

『もう、行こうよ!』

私は、いくども父を促した。けれど父は、

『待て待て、餌が少ないと心細い――いい子だな』

と、言ってなおも、叉手を忙しく動かして池の水を濁している。

それは私が小学校へ入学して間もない時であったから、七、八歳の頃であったにちがいない。私はそんな小さい時から、父のお供をして若鮎釣りに使う餌採りの相手をさせられた。海から下総の銚子の利根の河口へ入って、長い旅を上州の前橋近くまで続けてくる若鮎の群れは、のぼる途々、淡水にすむ小蝦を好んで餌にするのである。