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ちちのかたみ

父の形見

豊島 与志雄

「行動」1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,879 字 · 14 页

青空文庫

彼は云われるままに、おとなしく催眠剤をのんだのだった。

後で考えると、その十日ばかりの間が怪しかった。病室には二人の看護婦が交代でついていた。彼の妻は妊娠八ヶ月の身重で、時々しか病院には来られなかった。彼の従妹の矩子という二十三になる女が、毎日やって来て、妹のように看護していた。――だがそれらの三人には、どう考えても、拳銃提供の疑いはかけられそうになかった。

見舞客はいろいろあった。前後の事情はひそかに探査してる人たち、君の父やその他の数人は固より、種々の知人が来ていた。問題の鍵はその人々の中にある筈だった。

「これは困難だ。」と君の父は云った。「当人が自白してこない限り、皆の者が互に疑うだけで、きりがつかないだろう。」

その通りに違いないのだ。そして皆でその中の一人一人を順々に取調べるわけにもいかなかった。銃砲店を少し聞き合せてみよう、と父は云いだして、新らしく買ったのでないことの明かなその拳銃を預った。

だが、彼は拳銃を預っただけで、銃砲店の方は少しも聞き合せなかった。それよりも彼は初めから、矩子の様子に眼をつけていた。

自殺は夜の明け方になされた。