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ちちやくもをかたる

父八雲を語る

稲垣 巌

「父八雲を語る」ラジオ放送、1934(昭和9)年11月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,383 字 · 15 页

青空文庫

これは怪談に限りません。著述に耽る時はいつも、全精神を打ち込んで熱中するので、他の何物をも考へる余裕がなく、何か霊にでも憑かれたやうな様子が見えるのでありました。仕事中の書斎へ夫人などが入って来ても、一向それに気が付かないのが普通だったさうです。

当時、東京の大久保は、夏の夜は大きな薮蚊で一杯でした。ヘルンの周囲に血を吸ってまるまっこくなった蚊が、沢山飛べないで、ごろ/\してる事もあったさうですが、散々食はれたに違ひないんだが、少しもそれを感じなかったやうな様子でした。

又、或夜の如きは、夫人が階段の戸を開けますと、ひどい油煙の臭がしますので、驚いて襖をあけて見ると、ランプの芯が沢山出てゐて、その為め、ぽっ/\と黒烟が立ち昇って、室内が煙で暗くなってゐます。息も出来ないやうですのに、何も知らないで一心不乱に書いてゐたといふやうな事もありました。私の記憶にも――当時未だ六、七歳の子供でしたが「コワイパパ」として、かういふ魔霊につかれたやうな父の印象が、未だはっきり残ってゐるものがあります。

夕食の支度が出来ますと、私等兄弟三人は、父の書斎へ通ずる廊下の上り段の所から、声を揃へて「パパ カムダウン サパー イズ レディ」