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ちちやくもをかたる

父八雲を語る

稲垣 巌

「父八雲を語る」ラジオ放送、1934(昭和9)年11月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,383 字 · 15 页

青空文庫

と叫びました。するとぱたぱたと歩く足音、唐紙があく音、雨戸をくり開ける音、女達の話声などが聞えて来ました。

女達の言葉使ひから推して、それ等が高貴なお屋敷の召使であることがわかりましたけれど、一体どこへ連れられて来たのだか見当が付きません。手を引かれていくつもの石の段々を上り、最後の石段へ来ると草履をぬげと言はれました。それから今度は女の手に引かれて、はてしも無く、拭き込んだ板の間を歩き、覚え切れない程沢山の柱を廻り、驚くほど畳数の多い広い部屋を越へて、大きな座敷の真中へ案内されたのです。芳一は大勢の人がお集りになってゐると思ひました。着物の絹ずれが森の木の葉の音のやうに聞えました。芳一は所望に応じて壇の浦の平家没落を語ってゐます。

驚くべき芳一の琵琶は、橈を引き舟をぐっと進める音のやうに、火の矢が唸り飛ぶやうに、人々が叫びどたんばたんするやうに、兜に刃が鳴るやうに、殺されたものが海中にぶち落ちる音のやうに響きました。芳一は演奏のあいまあいまに、左右から賞讃の声が起るのを聞きました。

芳一は一段の勇気を得て、ますます巧妙に琵琶を弾き平家を語ります。