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ちち

父

矢田 津世子

「日暦」1935(昭和10)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,168 字 · 38 页

青空文庫

それからずっとのちになって姉からおきえさんのことをきかされた時に初めてあの時の母の神経が痛く胸にこたえ、母のつらさがそのままこの身に植えつけられた思いで、おきえが憎いよりはただ訳もなく迂闊なもの云いをした自分が忌々しく肚立たしかった。

紀久子がはじめておきえさんをみかけたのは、あれは女学校四年頃の何んでも春休みのことで、その朝新潟へ立つ父を見送ってから近所の花屋へ活け花をたのみに行って戻ってくると門のところで紫の袱紗包みを抱えた外出着の母と行きあった。待たせてあった自動車へ忙しげに片足をかけ、母はちょっと思いなおした様子で紀久子を呼んだ。

「大事なものをお父様がお忘れになって。紀久子の方が早いようだからお願いします」

母は袱紗包みを紀久子へ押しつけると、汽車は九時の急行ですから急いでたのみます、と運転手へ念を押した。

常着のままなのを気にしながらともかく自動車へ乗ってうしろの窓から振りかえると、門を入って行く母のうしろ姿がみえた。余程慌てて帯を結んだものとみえ、小さなお太鼓が曲っていた。

駅へ着いてホームへ駈けつけると後尾の二等車に父の姿が直ぐにみつかり、「お父様お忘れもの」