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ちち

父

矢田 津世子

「日暦」1935(昭和10)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,168 字 · 38 页

青空文庫

紀久ちゃんは?」と、姉はちょっと窺うように紀久子をみたが、その返事をあてにしている風もなく直ぐに続けた。「この間も誠之助が来た時話してみたのです。それがお父様には一番お仕合せなのですからね」

姉の口調には紀久子へ相談をもちかけているようなところがありながら、一方、自分の考えをあくまでも押しつけようとかかっているような執拗さが感じられた。気立てが優しいばかりで並の女とかわったところのない姉に、今日は少しばかりちがったところをみたような気がして紀久子はちょっとまごついた。

「お兄さんも賛成なすったの?」

紀久子は兄の誠之助が一途にこのことに賛成したとは思われなかった。だが、それを疑う前にこの間題にぶつかった時の兄のこわばった複雑な表情を思い描き、ふとそれと同じ表情でいる自分に思いあたってお揃いの面でもかぶっているみたいな自分たちが何かしら可笑しく、頬のへんがこそばゆくなった。

「賛成するもしないも、お父様の御機嫌をなおして頂くにはそれよりみちがないでしょう」

姉は云いきかせるような口振りになった。それへ妙に反撥するようなものが紀久子の裡に頭をもたげた。

「でも、それはお姉さんの独り決めではなくって」