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ぶっしんいちにょのかがく
物心一如の科学
中谷 宇吉郎
「禪文化 第七号」花園大学禪文化研究会、1957(昭和32)年3月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,786 字 · 20 页
ものとして存在するなら、魂に目方があるはずである。
中世の終り頃、これが問題になって、実験をした人がある。死の直前と直後とに、体重の変化があるか否かを測ってみたのであるが、魂の目方だけ減るというはっきりした結果は出なかった。魂に目方があるとしても、どうせ軽いものに違いないから、目方をよほど精密に測らないと、その差は出て来ない。一方人間の目方は、精密なところでは呼吸をしたり、汗が出たりするので、始終変化している。それで魂の分が、その変化の範囲内だと、測っても出て来ないはずである。それで実験は一寸出来ないであろうが、現在の科学の範囲内では、魂には目方がない。即ちものではないと信ぜられている。
以上の話を要約すると、物質というのは、目方のあるもので、その目方は、物質がどのように変化しても変らないということになる。もっとも、変らないというのは、現在の最も精密な天秤で測ってみても、差が出て来ないという意味である。天秤の精度が、今の一億倍も増したら、そういう天秤で測れば、状態の変化によって、目方即ち実質が変化するかもしれない。しかしそういう天秤が出来るまで、何もしないで待っているわけには行かないので、現在までのところでは、ものの目方は不変だとして、その基盤の上に立って、科学をつくり上げて来たわけである。