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とくしゅぶらくのはんざい

特殊部落の犯罪

豊島 与志雄

「新小説」1922(大正11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,455 字 · 15 页

青空文庫

「久七、家に居るだかね。」一寸間が置かれてから「頭あ洗ったかね。」

それが、其晩のひっそりとした情景には余りに不意だったが、久七はびくともしなかった。幻のうちの彼女を見つめていた眼を、じろりと横目使いに、表戸の二三寸の隙間へ振向けた。黒い影がすっと掠めて、後はただ茫とした暗がりになった。

久七は暫く待った。蓬髪の頭をぶるっと振わせて、立ち上りざま呼んだ。

「おつる坊!」

閉め切ってる破家のうちに響いた声が、すっと外へ筒抜けてしまって、後がしいんとなった。久七は駄々っ児のように身を揺っていたが、いきなり上り口の柱へしがみついていった。ねじまげた全身で柱へからみついて、べろべろ下唇をなめながら、力一杯に押し動かした。傾いてる軒端がゆらゆらとした。

やがてへとへととなって、其処へどっかと臀をついた。荒い息使いが静まると、額の汗が冷えてねっとりとしてるのを、掌で押し拭った。それからじっと腕を組んで、身動きもしなかった。

だいぶたってから、彼はふと思い出したように立上った。板の間の隅から、椿の実のはいってる土瓶を取出して、中の水を盥に空けた。両手でかきむしった頭に少しつけると、冷りとして飛び上った。