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ぎせいしゃ
犠牲者
平林 初之輔
「新青年」博文館、1926(大正15)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,364 字 · 37 页
「ざま見ろ」というような痛快な感じが心のどこかから湧いて来るのであった。
室の中央には、数百年来そこにおいてあった彫刻か何かのような、その場にふさわしい恰好をして、板倉刑事課長が悠然と腰をおろしていた。彼は(こんなことは言う必要がないかも知れぬが)前の晩にまだ四つになったばかりの末娘をどの女学校へ入れるかというくだらん問題について夫人と衝突し、十一時頃床へは入るまで不機嫌であったところへ、ちょうど眠入りばなを本庁から電話で起されたのであった。「何だ今頃?」と彼は叱るように電話口で答えたのであった。
当番の警部は、つい今しがた、京橋の浅野護謨会社の事務所で、小使が頭部を打たれて惨殺されているのが社長に発見されたこと、ただちに管下に非常線を張ったこと、現場へはただちに判検事及び係りの警官や警察医が臨検に向う手筈になっていること、犯人は当夜夜勤をしていた今村という事務員に嫌疑がかかっていることなどを、かいつまんで話した。電話をきいているうちに、課長の顔には次第に職業的緊張があらわれ、「すぐ行きます」と打ってかわっておとなしい言葉で電話を切ったのであった。