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ぎせいしゃ
犠牲者
平林 初之輔
「新青年」博文館、1926(大正15)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,364 字 · 37 页
私は、硝子障子を一ぱいに開け部屋じゅうへ日光を直射させながら、二階の廊下へ足を投げ出して、はじめて波の音をきく人のように珍らしそうに、この自然の音楽にきき入りながら、うっとりとして寝ころんでいた。
その時に宿の女中が一枚の名刺をもって来た。「瀬川秀太郎」という活字は、すぐに私の心を自然に対する親しみから、人間に対する親しみへ引き戻した。私は三日の間、食事の時に宿の女中とお座なりの言葉を交すだけだったので、人間の肉声に渇していたのである。ことに、学校を出てから、この附近に小さい病院を開業している開業医でありながら、どこか神秘思想家の面影をそなえた瀬川は、此の際私の渇を医するには最も好ましい話相手であった。今度の事件が起ってからも彼とは一二度あっているのだ。私はチャブ台の前に端座して、来客を待っていた。
「浅野という男が死んだね」
瀬川は一わたり久闊の挨拶がすんでから、急に話頭を転換して言った。私には浅野という男が誰のことかとみには思い出せなかったので、
「はあ……」
とわかったような、わからぬような生返事をしていた。瀬川は衣嚢から一枚の東京新聞をとりだして、「静岡版」