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いぬがなくとガラスがこわれるか
犬がなくとガラスがこわれるか
中谷 宇吉郎
「暮しの手帖 昭和36年第3号」暮しの手帖社、1961(昭和36)年7月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,337 字 · 41 页
と考える。この人は実業家であり、この川を、営利的に見ているわけである。
べつの人は、川岸に立って、あたりの景色をながめ、「ああ、いい景色だ。あのあたりの水の色がすばらしい」という。この人は画家であって、この川を美的に見ているのである。
もう一人の人は、しばらく川岸にたたずんでいたが、やがてしゃがんで、手の先を水に浸してみる。そして子供のころ裏の小川で遊んだことをおもい出す。「もうあの川にも、えびはいなくなっただろうな」と心の中でひとりごとをいう。この人は詩人であり、この川を詩的に見ているわけである。
ところが、これらの人たちとは、まったくべつな見方をする人もある。この川では、一分間にどれだけの水が流れているのだろう。表面と底とでは、流れの速さが、どれくらいちがうだろう。あのあたりの深い場所には、底の方に水が動かないところがありはしないか。あの浅瀬のところは、川底の砂が、かなり流されるだろう。こういう見方をする人は、科学者であって、この川を、科学的に見ているのである。
科学的とか、科学とかいっても、なにもむつかしいことではない。川を川として扱って、その様子を、私情を入れないで、なるべくくわしく見るだけのことである。