轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
いぬがなくとガラスがこわれるか
犬がなくとガラスがこわれるか
中谷 宇吉郎
「暮しの手帖 昭和36年第3号」暮しの手帖社、1961(昭和36)年7月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,337 字 · 41 页
たとえば天気について、われわれはいろいろな経験をする。ある日は雨がふり、ある日は天気がよい。また気圧を測ってみると、ある日は高く、ある日は低い。こういう知識をたくさんもっていても、それは役にも立たないし、また科学にもなっていない。
ところが、そういう知識をたくさん集めて整理してみると、たいていの場合は低気圧がくると天気が悪くなる。それで、天気が悪くなるのは低気圧がくるからであると考える。この場合は低気圧と天気という二つの現象を因果的に考えると、新しい知識が得られる。すなわち因果律が適用される。そういう現象は、科学の対象となり得るので、こういう筋の上に立って、気象学が成立したわけである。
ものごとを、原因結果的に考えるのは、なにも科学ができてから始まった話ではない。これは人間が生来もっている考え方の一つであって、それを科学にとり入れただけのことである。「親の因果が子にむくい」というのは、科学輸入以前の言葉である。なにか不幸なことがあった場合、それを結果とみて、その原因を親の所業へもってゆく考え方である。
このように、因果的な考え方は科学以前の、もっと普遍的な頭の作用である。