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はんにん
犯人
「群像 第八巻第一号」1953(昭和28)年1月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,695 字 · 26 页
そのとき着物の中から一枚のトランプの札がヒラヒラと落ちた。拾いあげてみると、ハートのクインであった。彼はそれを手品使のように指にはさんで、もと着物のあった片隅の方へ投げ返した。
彼はこのふるさとの村に開業してから二十年にもなるが、まだ他殺体を見たことがなかったので、死後時間などを推定するだけの経験も自信もなかった。こんな山奥の村でも、自殺や事故の変死体は年々いくつか取扱ったが、他殺はこれが始めてであった。
「やっぱり、この女が殺されたか」
彼はある日の記憶を思いだして、ふと呟いた。そして「やっぱり」という言葉にちょッと怯えて「とうとう」という言葉に頭の中で置き変えてみた。それも気に入らなくて、妙にそのことにこだわったが、これが不吉の前兆というべきであったかも知れない。
ある日の記憶というのは、今から二三週間前のことであるが、ふと学校に立ち寄って茶を所望した折、花井訓導と次のような会話をした事実である。花井訓導はまだ独身の若い生マジメな教員であった。
「この平和な村にも今に殺人事件があるかも知れませんな。もとえ。平和な村と云いましたが、平和そうな村、です。