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きょうげんのかみ

狂言の神

太宰 治

「東陽」1936(昭和11)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,478 字 · 31 页

青空文庫

そうして、その夜の私にとって、縊死は、健康の処生術に酷似していた。綿密の損得勘定の結果であった。私は、猛く生きとおさんがために、死ぬるのだ。いまさら問答は無用であろう。死ぬることへ、まっすぐに一すじ、明快、完璧の鋳型ができていて、私は、鎔かされた鉛のように、鋳型へさっと流れ込めば、それでよかった。何故に縊死の形式を選出したのか。スタヴロギンの真似ではなかった。いや、ひょっとすると、そうかも知れない。自殺の虫の感染は、黒死病の三倍くらいに確実で、その波紋のひろがりは、王宮のスキャンダルの囁きよりも十倍くらい速かった。縄に石鹸を塗りつけるほどに、細心に安楽の往生を図ることについては、私も至極賛成であって、甥の医学生の言に依っても、縊死は、この五年間の日本に於いて八十七パアセント大丈夫であって、しかもそのうえ、ほとんど無苦痛なそうではないか。いちどは薬品で失敗した。いちどは入水して失敗した。日本のスタヴロギン君には、縊死という手段を選出するのに、永いこと部屋をぐるぐる歩きまわってあれこれと思い煩う必要がなかったのである。宿屋へ泊って、からだを洗い、宿の、ま新らしい浴衣を着て、きれいに死にたく思ったけれども、私のからだが、その建築物に取りかえしのつかぬ大きい傷を与え、つつましい一家族の、おそらくは五、六人のひと