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きょうば
狂馬
佐左木 俊郎
「新青年」博文館、1931(昭和6)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,577 字 · 6 页
併し青は、黒い鼻先をほんの微かに蠢めかすだけであった。感覚の一切を、過去の生活の中へ置き忘れて来てしまったようにして、森の中の沼のような暗い眼を向けているのだった。その眼が果たして見えるのか見えないのか、ただじっと、暗い空間の一点に向けて据えているのだった。
「青! 本当にお前はどうしたのよ。おう? 元気がなくなったなあ。青! ああ、俺の飯が残っているから、お前に少しやろう。」
併し青は、坑夫達がそうしてくれる飯も、ほんの少しきり食わなかった。それも、一度口の中に入れたものを、思い出したようにしては噛み、またしばらくじっとしていて、思い出したようにしては、また噛むのだった。
青は本当に生きているのか死んでいるのかわからなかった。それは襤褸で拵えた馬のようでもあった。硝子玉の眼を嵌め込んだ剥製の馬のようでもあった。
「俺達も、年を取れば、青のようになるんだろうなあ。青! 俺達も今にこの坑の中でお前のようになるんだよ。お前よりももっともっと惨めになるかも知んねえ。」
「それはそうよ。人間も馬も変わりがあるもんじゃねえ。なあ青!」
坑夫達はいつもそんなことを言うのであった。