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きつね
狐
永井 荷風
「中学世界」1909(明治42)年1月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,770 字 · 20 页
「田崎々々! 庭に狐が居る。早く来い。」と、どなられた。
田崎と云うのは、父と同郷の誼みで、つい此の間から学僕に住込んだ十六七の少年である。然し、私には、如何にも強そうなその体格と、肩を怒らして大声に話す漢語交りの物云いとで、立派な大人のように思われた。
「先生、何の御用で御座います。」
「怪しからん、庭に狐が居る、乃公が弓を引いた響に、崖の熊笹の中から驚いて飛出した。あの辺に穴があるに違いない。」
田崎と抱車夫の喜助と父との三人。崖を下りて生茂った熊笹の間を捜したが、早くも出勤の刻限になった。
「田崎、貴様、よく捜して置いて呉れ。」
「はあ、承知しました。」
玄関に平伏した田崎は、父の車が砂利を轢って表門を出るや否や、小倉袴の股立高く取って、天秤棒を手に庭へと出た。其の時分の書生のさまなぞ、今から考えると、幕府の当時と同様、可笑しい程主従の差別のついて居た事が、一挙一動思出される。
何事にも極く砕けて、優しい母上は田崎の様子を見て、
「あぶないよ、お前。喰いつかれでもするといけないから、お止しなさい。」
「奥様、堂々たる男子が狐一匹。知れたものです。先生のお帰りまでに、きっと撲殺してお目にかけます。