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どくしん

独身

森 鴎外

「スバル」1910(明治43)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,012 字 · 19 页

青空文庫

壱

壱

小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を掠めて、寒い風が吹いて来て、蜜柑の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き遣って、暫くおもちゃにしていて、とうとう縁の下に吹き込んでしまう。そういう日が暮れると、どこの家でも宵のうちから戸を締めてしまう。

外はいつか雪になる。おりおり足を刻んで駈けて通る伝便の鈴の音がする。

伝便と云っても余所のものには分かるまい。これは東京に輸入せられないうちに、小倉へ西洋から輸入せられている二つの風俗の一つである。常磐橋の袂に円い柱が立っている。これに広告を貼り附けるのである。赤や青や黄な紙に、大きい文字だの、あらい筆使いの画だのを書いて、新らしく開けた店の広告、それから芝居見せものなどの興行の広告をするのである。勿論柱はただ一本だけであって、これに張るのと、大門町の石垣に張る位より外に、広告の必要はない土地なのだから、印刷したものより書いたものの方が多い。画だっても、巴里の町で見る affiche のように気の利いたのはない。しかし兎に角広告柱があるだけはえらい。これが一つ。