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ねことしょうぞうとふたりのおんな

猫と庄造と二人のおんな

谷崎 潤一郎

「改造 新年号 第十八巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>「改造 七月特大号 第十八巻第七号」1936(昭和11)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,020 字 · 131 页

青空文庫

あった。

いったい今日は面白くないことがあったのでアテもなく外へ飛び出したら、足が自然に西の方へ向いたばかりでなく、塚本なんぞに出遭ったものだから、とうとう途中で決心をして、此処まで延してしまったのだが、こうなることと分っていたら外套を着て来ればよかったのに、厚司の下に毛糸のシャツを着込んだだけでは、流石に寒さが身に沁みる。庄造は肩をぞくッとさせて、星がいちめんに輝き始めた夜空を仰いだ。板草履を穿いた足に冷めたい草の葉が触れるので、ふと気が付いて、帽子だの肩だのを撫でてみると、夥しい露が降りている。成る程、これでは冷える訳だ、こうして二時間もうずくまっていたら、風邪を引いてしまうかも知れない。だが庄造は、台所の方から魚を焼く匂が匂って来るので、リリーがあれを嗅ぎ付けて何処かから帰って来そうな気がして、異様な緊張を覚えるのであった。彼は小さな声を出して、「リリーや、リリーや」と呼んでみた。何か、あの家の人達には分らないで、猫にだけ分る合図の方法はないものかとも思ったりした。彼がつくばっている叢の前の方に、葛の葉が一杯に繁っていて、その葉の中でときどきピカリと光るものがあるのは、多分夜露の玉か何かが遠くの方の電燈に反射しているせいなのだけれども、そうと知りつつ、その度毎に猫の眼か知らんとはっと胸を躍らせた。