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ねこのあなほり

猫の穴掘り

寺田 寅彦

「大阪朝日新聞」「東京朝日新聞」1934(昭和9)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,896 字 · 8 页

青空文庫

日本中にも世界中にもこれに似たところはないであろう。慰めのない「民家の沙漠」である。

泥水をたたえた長方形の池を囲んで、そうしてその池の上にさしかけて建てた家がある。その池の上の廊下を子供が二、三人ばたばた駆け歩いているのが見えた。不思議な家である。

千住大橋でおりて水天宮行の市電に乗った。乗客の人種が自分のいつも乗る市電の乗客と全くちがうのに気がついて少し驚いた。おはぐろのような臭気が車内にみなぎっていたが出所は分からない。乗客の全部の顔が狸や猿のように見えた。毛孔の底に煤と土が沈着しているらしい。向い側に腰かけた中年の男の熟柿のような顔の真ん中に二つの鼻の孔が妙に大きく正面をにらんでいるのが気になった。上野で乗換えると乗客の人種が一変する。ここにも著しい異質の接触がある。

広小路の松坂屋へはいって見ると歳末日曜の人出で言葉通り身動きの出来ない混雑である。メリヤスや靴下を並べた台の前には人間の垣根が出来てその垣根から大小色々な無数の手が出てうごめきながら商品をつまぐり引っぱり揉みくたにしている。どの手の持主がどの人だかとても分からない。大量塵芥製造工場のようなものである。