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ねこすてざか
猫捨坂
豊島 与志雄
「新文学」1948(昭和23)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,043 字 · 21 页
然し、どこかに勤めるのは嫌だ。自分の仕事、そう言い切れるようなものが欲しい。さりとて、アルコール・ウイスキーの密造も考えものだ。金は欲しいが、金に執着しちゃあいけない。執着はすべて浅間しい。
その浅間しさを、俺は空襲中にいろいろ見せられた。
隣家の一室に、焼け出された夫婦者が身を寄せていた。荷車を一つ持っていた。空襲警報が鳴ると、その荷車にごたごた物を積んで、三百メートルばかり先、焼け跡の中の防空壕まで、避難する。どんな深夜でもそうだ。警報が聞えるとすぐ、彼等は飛び起きて、荷車に物を積み、しばし様子を窺ってから、車を引きだす。男が柄を引き、女が後押しをして、がらがら、がらがら、深夜の巷に音を立てて、焼け跡へ向う。警報が解除になると暫くたってから、がらがらと、こんどは少しゆっくり戻って来る。そして車の荷を解き、また寝てしまう。車の荷は、つまらないものばかりだ。布団と毛布、鍋釜、皿小鉢の類、小さな行李、米が少量、風呂敷包みなど、かねて用意してあるものらしい。
焼け跡が、そしてそこの防空壕が、果して安全なのであろうか。もっとも、立ち並んでる小さな人家は、焼夷弾に対しては、薪を置き並べてるのに等しく、そこに居ることは、火の下の薪の中に居るようなものである。