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ねこぐるま

猫車

宮本 百合子

「改造」1937(昭和12)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,310 字 · 35 页

青空文庫

仔細に眺めていた坂口が、その扇をしめて刷物の上に置いたとき、

「はや、ここもまわりよったんか」

勢のいい幅のある声とともに土間へ入って来たのは、相変らず年代も分らぬ古天鵞絨の丸帽子をかぶった重蔵であった。

おさやは、この店の帳場と云うべき机の前から頭をうごかして挨拶をした。重蔵は、背の高い頑丈な腰を軽くかがめると一緒に頭から丸帽子をぬぐ、丁寧なようなそうでないような独特の辞儀をしながら、

「大将の工合はどうで」

庄平の起きかえっている中の間の方を覗けた。声を大きくして、

「どうで――ぬくうなったで安気なやろ」

庄平は、猫背になって首を前へつき出し、造作の大きな顔の中で眼玉を気むずかしげに左右に動かしている。重蔵の挨拶には何とも答えない。

重蔵は一服吸いつけてから、坂口に向って云った。

「この頃はじょうし茂一の店へおいでるそうじぁないけ」

「……そうもいかん」

「どうで――大分儲かりよったか?」

薄痘痕をその間にかくしているような皺の多い面長な重蔵の顔には笑いが浮んでいる。七十を越えても全身の構えに油断なさが漲りわたっているこの重蔵に比べると、十も年下の坂口の近頃の肩の落ち工合がまざまざとわかる。