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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
02 一九三五年(昭和十年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,805 字 · 40 页
きょうまでは、正月の二日に国府津の山で採った梅もどきの実をさして居りました。よくもちました。
私は今、どういっていいかしら、一寸面白い心持でこの手紙を書いて居るのです。心のしんでは、そして頭では、ひどくこれから書く小説のことについて集注的になりながら、何かそのための媒介物のようにこうやってこの手紙を書き、段々心持の落付きを深く感じつつあるの。
私の机の上には又、レビタンというチェホフ時代の風景画家の描いた「雨後」という絵をハガキにしたのが一枚ある。非常にうるおいあり情趣あるリアリズムの画で、北の海フィンランド辺の海の入江の雨後の感じが活きて居ります。フィンランド辺の海は真夏でもキラキラする海面の碧い反射はなくて、どちらかというと灰色っぽく浅瀬が遠く、低く松などあって、寂しさがある。波もひたひたなの。濤の轟きなどという壮快なのはない。虹ヶ浜へは去年のお正月行って海上の島の美しい景色を眺めました。でも大変風がきつかった。そして、さむくあった。
黒海は実に目醒めるばかり碧紺の海の色だのに、潮の匂いというものはちっともしないので、私は、あらこの海、香いのない花! と云ったことを覚えて居ります。