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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

11 一九四四年(昭和十九年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 174,521 字 · 344 页

青空文庫

シャガールは、ロマンティシズムにへばりついていて下らないけれど、彼の人生の一つの真実として、そういう感じに似て感銘だけはもっているのね、覚えていらっしゃるかしら、彼の誕生日という絵。しかしあれも、その初冬の夜の何の奇抜さもない奇蹟の美しさにくらべれば、つまりはこしらえものね、天井から翔んでふって来るのですものね、そのひとのところへ、花をもった女のひとが。

ああ、でも、どうして、あの崖のつるりとした坂道で、わたしがふと、こわがったのが、おわかりになったのでしょうね、どうして、あんなにすぐわかったのでしょうね。今年もやがて冬になり、あの坂道はやっぱり、すべりそうに違いないと思います。

十二日、くたびれて、こんなに間が途切れてしまいました。きのうの朝咲枝とび立って帰りました。子供のことは勿論ですが、あのひとにとってもうこっちの生活は、全くこしかけよ、まして今度はタンスも机も荷作りしてしまったのですから。あっちにある、自分が主人の机、餉台、家じゅう――つまり自分の生活へ、とび立って帰り、そのうれしさかくせず、わたしもどっかへ帰ってしまいたいわ、と、咲枝に台所で申しました。