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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
11 一九四四年(昭和十九年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 174,521 字 · 344 页
それは今日にあって大きい幸福です、自分の性根をこの間に腐らせないでゆける道ですから。Sが人相が変り悲しゅうございます。抜けめないところばかり出ている顔して歩いていて、往来で会って、その人と思えないようでした。ダブつき条件でだけ出来ている鷹揚さ、ひろがりなどというものは、何と急速にはげてしまうでしょう。気くばりと抜け目なさだけの顔してむこうから歩いて来るSを見ると、胸がいっぱいです。あのひと鏡もってるのかしら。人は折々よくよく自分の顔を、検査しなくてはいけません、画家が自画像をかくように、他人の顔として調べなくてはいけません。自分の弱さ、下らなさをそうやって見張り、又いじらしさをいつくしんでやらなけれバいけません。
手紙いつ書いて下さったかしら。わたしも御無沙汰いたしましたが。この頃は毎朝カタカタと門まで郵便出しに出てゆくのよ、よくよくのぞいて、まだ来ていない、と思って、石じきを犬にじゃれられながら戻って参ります。あの石じきの両側には、今山吹の芽がとんがった緑でふいて居ます、いい紅色の楓の稚葉もひろがっていて、石の間には無人の家らしく樫の葉が落ちて居ります。