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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
12 一九四五年(昭和二十年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,583 字 · 240 页
わたしはこれ迄随分旅行したし、その度にいろんな荷物を林町にあずけました。その間に失ったものはありましたが大体保管されて居りました。こんどはまるで異うのよ、わたしがまとめ切れず、運び切れず、おいて来たものはすべて失われるものとなりました。自分の体力が足りなくておしいものも置いて来る気持は独特ね、わたしの子供の時代からの原稿なんかもそのままよ、灰になってしまうのよ。大事な去年頃の書類[自注20]だけはどうやら移動可能にいたしましたが、其とても全部は全く不可能でした。世界中の人々が、こういう思いをして居るわけです、国外へ急に出なければならなかった作家たちは、自分の蔵書を失う丈でも苦痛でしたろう。この頃生活上の訓練について一層思います。わたし位のものでも普通の婦人よりは遙に生活の突変になれ、突然の無一物に馴れているわけですが、どこかに在る、というのと灰になるというのとではちがうものねえ。人間がいよいよ精髄的骨格をつよめないと、失ったものが、其人にとってプラスとならずマイナスとなってしまうのね。物の不確さがまざまざとすると、わたしたちは、これから書くもの丈がリアルな存在という気がして、猶更真面目になります。