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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

12 一九四五年(昭和二十年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,583 字 · 240 页

青空文庫

ブランカの精髄を濺いでね。

今はもう夕方よ。台所から煙の匂いがして太郎は書取中です。

ところで、生活の中にはほんの一寸したことで、実に意味ふかい徴候という風なものがあるものだと思います。この間、六七年ぶりで、戸塚の母さんに会って、暫く話しました、五月初旬の詩の話も出たりしてね、そしたら、その頃、リベディンスキーの「一週間」を又よみ出したのですって。「わたしは泣きながらよんだんですがね」というの。ほんの小さい一句です、しかしこの表現は何と報導班員らしさにみちているでしょう、そういう表現はきまりわるく思った筈の人なのにねえ。そして、又暫くしたら、又何か読んだ話が出て又同じことがくりかえされました、「泣きながらよんだんですがね」私にはどうしても忘られないの、そして、忘れないこころもちをお話しずにいられないの、大切な大切な言葉の感覚、感じかたの吟味というも、生活のやりようで、どんなにでも変るものであるということの痛烈な教訓です。そしてこういうことも、考えます、ものは――人の心は充実していれば、感傷は生じません、愛に充実したとき、一心さに充実したとき、泣きながら、という風の感傷の形は生じず、思わず、涙あふるるという形です、これは本質にちがいます。