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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

12 一九四五年(昭和二十年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,583 字 · 240 页

青空文庫

そのくせ、その男は奥じゃ変に亢奮して飛行機のおっこちたときの話かなんかやっています「映画にある通りそっくりですな、こう」と手真似してね。実に今の下らないタイプをまざまざと見学いたしました。仕方がないから向い側のやっと開いている一軒古本やへまわって見ました。やはりありません。金原の、あの叢書ね、あれの腸間膜の病気についてのが売れのこり、小児の梅毒か何かの本があり、歯科の本があり医事年鑑などばかりです。何とも手のつけようのない有様です。さがしても見ましょうが(神田辺を)目白の先生にたのんで見ましょう、何かあるかもしれません。そしてこちらの営養の本を見つけましょう、仰云っていたのを、ね。本のないこと、本のないこと! 一寸通って御覧になってもあの通り街の店の八分通りはしまって居りますものね。

それから肴町へ出て、非常線を通して貰って焼あとを通りました。相当なものです。東京からみればそれは一部に軽微な被害ですが、界隈に住むものとしてはつよい印象です。鴎外のいたところもどこも分らなくなっていて、煙の彼方に根津かどこかの樹立がぼんやり見えて居ります。団子坂のすぐ角まで、左側――そちらの方の側は、表からひとかわで止りましたが。