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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

03 一九三六年(昭和十一年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,453 字 · 101 页

青空文庫

今も出ている。八十度一寸出ています。月夜だったが今は霧が漂っている。湿気が多いのですね。『二葉亭全集』をよんだら扉に「ロシア文学は意識的に人生を描いている。それが日本の文学と違う」と書いてあった、鉛筆で。昔あの本をあなたは古本でお買いになったのかしら。十九世紀のシムボリストのところ(別な本)を見たらカントの哲学との関係についてノートがあって面白い。いろいろ面白い。万年筆でひかれてある条の傍に更に点をうってゆくようなこともあります。そういうときは大変に又面白い。(もう眠ろうとしてメガネをはずしたのに、フトこの紙が目に入ったので一言お喋りを)

二十九日の午後。

暑い日光が青葉青葉にさしてすこし錆びた緑金色の輝が庭に一杯になっている。アルプスの山の中の羊飼の男のヨーデルの合唱が聴え、日本の豆腐屋のラッパの声がそれに混っている。私は何を別に話すというのではなく、貴方に呼びかけている。それは、呼びかけるということが、実に沢山の、云いつくされない沢山の感情と感覚との圧縮的表現だから。感覚的な、感覚が話す話はなかなか字に出来にくいものですね。――芸術家というものがこの感覚的なものによって生き、人生をさぐり、そのものの内容をより豊富にしてゆく過程は面白い。