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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
06 一九三九年(昭和十四年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 374,755 字 · 745 页
遂に太郎は本年泥水ジャブジャブで終るのでしょう。稲ちゃん一家もう保田へ行ったかしら。行かないにしろもうすぐでしょう。本年は鶴さんも行く由。それはそうでなければなりません。保田はあの一家に些かの健康をもたらしはしたが、稲子さんの心の苦痛は保田と全く切りはなせない。保田に行っている、その間に、ですから。女のそういう心配というものは深く考えると何とも云えないものですね。ひどいものね。子供を海に入れてやっている間。赤ちゃんを生んでいる間。その間にもなお深い女の、妻としての心配、不安があるなんて何だろう、と思いますね。
きょうはここ若い女学生が多うございます。全体すいているのだが。これからすこし古びた雑誌をよみます。では又あとで。すこし倦きる。すると、煙草のむようにこれをあけてすこし書いて休むというわけです。
ここに一寸面白いことがあります。明治四十一年秋水が、翻訳の苦心を『文章世界』に書いていてね。ブルジョアジーというのが適当な訳語が見出せず、枯川と相談した結果「紳士閥」とした、というようなこと。「それにつけても明治初年から、箕作、福沢、中村などという諸先生が、権利とか義務とかいう訳語や、その他哲学、理化学、医学などの無数の用語を一定するのには、如何に苦心を重ねたかが思いやられる」