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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
10 一九四三年(昭和十八年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,557 字 · 426 页
天を見れば、炬火のような稲妻のかげはもう消えています。なだらかに高い山の頂きをみても、そこには空の色がてりかえし、今はしずまった灰色の雲の片がとぶばかりだのに、瑪瑙の床を搏った光ばかりは、どうしたというのでしょう。そこから消えず、燐銀の焔の流れのようにそこに止っています。その焔にゆすられるように薄桃色の床は顫えをおさえかね、果ては唇をでも音なくひらくように、こまやかなその肌理を少しずつ少しずつ裂かせはじめました。
次の朝、太陽はいつものとおり東からのぼり次第に金色をました光の漣にのって、谿谷をすべり、山の頂をてらしつつ白い城の窓々を訪れました。が、朝日は稀有な見ものを見たように、暫く日あしをたゆたって、その薔薇窓のところから去りかねました。太陽は、数千万年地球の不思議をあまた見て来ました。それでもおどろきというものはまだのこされているのを知りました。
毎日、毎月、毎年、変りないなめらかな薄桃色の床に挨拶しつづけて来た太陽は、この朝、全く思いもかけない発見をしました。太陽が、あちら側の山河や人間の都会と村を照らしていた間に、この人跡絶えた城内で、何事がおこったというのでしょう、昨日までの瑪瑙の床は、もうそこには在りませんでした。