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たまとりものがたり
玉取物語
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第二十四号小説二十人集」1951(昭和26)年10月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,495 字 · 19 页
嘉永のはじめ(嘉永二年十月)のことでござった。西国のさる大藩の殿様が本国から江戸へ御帰府の途次、関の宿の近くに差懸った折、右の方のふぐりが俄に痒くなった。蕁草の刺毛で弄われるような遣瀬なさで、痒味辛味は何にたとえようもないほどであった。しばらくの間は袴の上から押抓ってなだめていられたが、仲々もって左様な直なことではおさまらない。御袴の裾をもたげ、双方の御手でひきちがえ掻っていられたことであったが、悩みは弥増ばかり、あたかもふぐりに火がついて乗物いっぱいに延びひろがり、いまにその中に巻きこまれてしまうかと思うような現なさで、追々、心気悩乱してとりとめないまでになった。
御駕籠脇の徒士は只ならぬうめき声を聞きつけ、何事ならんと覗いみるところ、こはいかに殿様には裾前を取散したあられもない御姿にて、悶え焦れるばかりに身を押揉み、なにやらん不思議なことをせられていられる態、まことに由々しく見えた。
道中奉行は行列をとめ、山添椿庵という御側医者に御容態を伺わせたが、只、「痒い、痒い」とわめかれるばかりで手の施しようもない。殿様には若年の折から驚癇の持病があられるので、大方はそのことと合点し、匆々、関の御本陣へ落着するなり、耳盥に水を汲ませて頭熱の引下げにかかったところ、殿様は「おのれは医者の分際で、病の上下も弁え