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げんだいちゃじんひはん
現代茶人批判
北大路 魯山人
「陶磁味」1947(昭和22)年~1948(昭和23)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,554 字 · 17 页
指導者として人に口きくほどの者の責任としては、自己の日常生活がお茶の心に違うところなしとする自信ありや、よく世間にある口先ばかりのお茶ではなく、いうところの茶道がぴったりと身についているであろうかが問題である。たとえ茶碗作る技能は陶工に譲るとしても、ちょっと物認めるその字がかつての名茶人の物したごとく無理をせぬ、品の良い雅致と風懐を具えた見識あるものであるかどうか。少なくとも俗書の域を脱しているかどうか。卑見ながら私の目に映じただけのものを想起しても、元禄頃以降を見て感心出来るお茶人の書というものを見たことがない。相当有名で伝わるお茶人の書というものその手紙に見るも、器物の箱書に見るも、竹花入れ茶杓に書かれた字に見るも、俗書の多いのには驚くばかりである。日本茶道の伝統を誇る茶人にして、だんだんと降っていくこの有様は、遺憾というより他にない。これはどうしたことかと、私は幾度も考えてみたが分らない。俗書はなにから生まれるか、なにが俗書を生むかである。殊に家元の人々といえば、茶の宗家として由来崇め続けられている人々である。それがどうしたことか、かつての名茶人が必ず持ったところの茶人にかぎる持ち味というものは、後代の茶人には合点がいっていないようである。