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びわでん

琵琶伝

泉 鏡花

「国民之友」1896(明治29)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,081 字 · 24 页

青空文庫

母は女の心を察して、その挙動のほとんど狂者のごときにもかかわらず、制し、且つ禁ずることを得ざりしなり。

五

お通は琵琶ぞと思いしなる、名を呼ぶ声にさまよい出でて、思わず謙三郎の墳墓なる埋葬地の間近に来り、心着けば土饅頭のいまだ新らしく見ゆるにぞ、激しく往時を追懐して、無念、愛惜、絶望、悲惨、そのひとつだもなおよく人を殺すに足る、いろいろの感情に胸をうたれつ。就中重隆が執念き復讐の企にて、意中の人の銃殺さるるを、目前我身に見せしめ、当時の無念禁ずるあたわず。婦人の意地と、張とのために、勉めて忍びし鬱憤の、幾十倍の勢をもって今満身の血を炙るにぞ、面は蒼ざめ紅の唇白歯にくいしばりて、ほとんどその身を忘るる折から、見遣る彼方の薄原より丈高き人物顕れたり。

濶歩埋葬地の間をよぎりて、ふと立停ると見えけるが、つかつかと歩をうつして、謙三郎の墓に達り、足をあげてハタと蹴り、カッパと唾をはきかけたる、傍若無人の振舞の手に取るごとく見ゆるにぞ、意気激昂して煙りも立たんず、お通はいかで堪うべき。

駈寄る婦人の跫音に、かの人物は振返りぬ。これぞ近藤重隆なりける。