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せいあらば

生あらば

豊島 与志雄

「文章世界」1917(大正6)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,046 字 · 47 页

青空文庫

「いくら穢くなっても大丈夫ですよ。」と看護婦がそれに答えた。「綺麗な身体をしている病人はいけないものです。穢くなるほど宜しいですよ。」

「ですけれど……。暖い時そっと拭いてやったら如何でしょうか。」

「そうですね、も暫く見合した方が宜しいでしょう。」

光子はいつのまにか眼を閉じて向うを向いていた。その側に看護婦は身を屈めた。

「何か食べませんか。え、ほんの少しだけ。」

「何にも食べたくないの。あとにして頂戴。」

「仕方がありませんね、そんなでは。」

看護婦は飲み残しの重湯をまた覗いてみた。それは朝からまだいくらも飲まれてはいなかった。

病室では凡てが静かに動いていた。そしてその静かな動作や言葉のうちに病人の軽い気息が纒わっていた。然しともすると看護婦の直線的な動作が、物馴れた無遠慮なやり方が、その雰囲気を乱し勝ちであった。それがいつも壮助を不快ならめた。然し病人の手当のうちには彼の覗き得ない別な世界があった。彼は手を拱いてただ傍から見ているより外はなかった。

座を立って次の室に来ると、羽島さん(光子の父)は水滸伝を読んでいた。傍の本箱には、八犬伝や西遊記や春秋左氏伝やそういう種類の和漢の書物がつまっていた。