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いなかいしのこ

田舎医師の子

相馬 泰三

「早稲田文学」1914(大正3)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,947 字 · 76 页

青空文庫

「どんなに待ったか知れなかったわ。むろん、先月のうちだとばっかり思っていたのよ。」

荷物を内へ運び入れながら、妹は無邪気な、馴々しい調子で云った。これが不思議にも堪え難い窮屈さから救い出してくれた。そしてそれからずーッと数時間の間、安易な、日常茶飯の気分が保たれた。

二

父は往診に出ていて、まだ帰宅していなかった。

庸介は暑苦しいので、着て来た洋服をすぐに浴衣に替えた。そして久し振りの挨拶が一通りすむと、絵団扇で襲いかかる蚊を追い払いながら、

「明るいうちに着きたいと思いましたが、汽車の時間をすっかり間違ってしまったので、それで………」こう云った。

しかし、それは、全然、嘘であった。庸介を乗せた汽車はその日のお午少し過ぎた頃にこの家から一里半ほど距った所にある淋しい、小さな停車場へ着いたのであった。そしてその時、彼は確かにそこへ下車したのであった。赤帽のいない駅なので、自分のお粗末な革鞄をまるで引摺るようにして、空架橋の線路の向う側からこっち側へと昇って降りて来た。改札口を出ると、一人の車夫を探し出して来てそれに荷物を運ばせて、停車場前に列んでいる、汽車の待合所を兼ねた小さな旅舎の一つへと上って行った。