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いなかいしのこ

田舎医師の子

相馬 泰三

「早稲田文学」1914(大正3)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,947 字 · 76 页

青空文庫

何はともあれ、お母さんにこの端書を見せねばならぬと彼女は思うた。そして一刻も早くこの忌わしい事件を根絶してしまわねばならぬと思うた。……しかしそんな事を自分勝手にやっては兄さんに悪るくはあるまいかとも思うた。咄嗟の間にいろいろと迷うた。……と、今度はこの端書がここへ来るまでに多くの人の目に露された事を思うた。大勢の人がすでにこの事を知ったような気がされた。そして、むろん、さっきこれを配達して来たあの男もこれを読んだに相違ないと思った。――こうなっては、もう今は一刻も猶予していられる時でないと、深く決心して彼女は急いで母の居間へやって来た。そして黙ってその端書を母の前へつき出した。

母は、それを受取って一通りずーっと目を通すと、何も云わずにそれを自分の針箱の中へ納めて、そのあとですぐにまた、針仕事に取りかかりそうにした。別に驚いた様子もなかった。まるで出入の呉服屋から来た端書を見た時くらいの表情しか見ることができなかった。

房子は、母の心をはかりかねて、いかにも不安そうに、

「お母さん!」こう呼びかけた。

「はい。」

母の声は、いつもに変るところなく少しの濁りもなかった。