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がぼう
画舫
豊島 与志雄
――近代伝説――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,863 字 · 22 页
彼女はくっきりと身を包んだ外套の中から、そして頭からすっぽりと被った面帛の中から、低い声で御礼をいいました。若い男はただ、早くお帰りなさるがよろしいとだけいいました。そして二人はそのまま、彼女はその柔かな体重を彼の腕に半ば託し、彼はそれを支えながら確かな足取りで、薄暗い石道を辿ってゆき、途中の亭閣に憩いもせずに、湖岸まで下りてきました。
雨は降りませんでしたが、風もなく、ただ仄白い夜明けでした。秀梅はそこに立止って、面帛を半ばかかげて相手をすかし見ながら、静かな声でいいました。
「わたしは陳秀梅という者であります。明日お午に、あらためてお目にかかりたいと存じます。お待ちしておりますから、お出で下さいませんでしょうか。」
「有難うございます。御用の時には伺わせて頂きます。」
どうとも取れるその言葉を残して、若者は丁寧にお辞儀をして、すたすたと歩み去って行ったのでありました。
秀梅はそっと家へ戻りました。女中の※香だけが、彼女の左手の擦り傷は戸外でなされたことを知りました。
秀梅は若者の来訪を待ちました。然し若者は訪れて来ませんでした。その若者が画舫の李景雲だったのであります。