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くじょしょうろく
痀女抄録
矢田 津世子
「改造」1939(昭和14)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,578 字 · 65 页
寿女がこの娘たちの前で自慢にしていることがたった一つあった。ソプラノ歌手の奥住龍子のことである。龍子の母と寿女の母親とは従姉妹どうしだったし、母親が最初の子を嬰児のままで喪うて間もない頃、乳不足の龍子を託せられたことがあった。四つのときに龍子は生家へ引きとられていったが、乳の母を慕って、矢張り、種村の家に寝泊りすることが多かった。やがて、寿女が生まれて母親の乳房にしがみつくようになると、稚い龍子はいきり立って、その乳房をがむしゃらにひったくった。
眼鼻だちのぱらりとした笑窪の顔が愛嬌だったし、人見知りをするふうもなくて、よく遊戯をしたり、大きな声で唱歌をうたったりしてみせるので、誰れからも可愛がられた。賞められると稚い龍子は何度でもそれをしてみせた。
「奥住の嬢さん」と寿女の母親は言い慣わした。龍子の父が名の通っている弁護士だったから、何かそのことに手の届きかねる生活の高さを感じていたし、そこからの預り娘だということで母親は並々ならぬ面目を感じていた。寿女も耳馴染みで「奥住の嬢さん」と呼ぶ。この綺麗な人が自分の乳姉妹だということに胸一ぱいの誇りを感じていた。