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くじょしょうろく
痀女抄録
矢田 津世子
「改造」1939(昭和14)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,578 字 · 65 页
それが仕癖になって、銀三は、
「お寿女さん、割り合せを頼むよ」とか、「こんどは二菅合せだ」とか、小声で頼み込む。
枠孔へ目打ちを立ててそれに糸を引いて、一方を口に啣え一方を縒りながら合せていく機敏な動作は、立って為ることが慣わしとされているけれども、寿女はそうした例しがない。いつも、中腰になって上背をよじるようにして手早く縒り合わせていく。うしろ背を連之助の眼にふれさせまいとしている。連之助のいるところでは決して座を立ったことがなかったし、何かの用事で話しをしなければならないときには、きっと、髪へ手をやった。
こうして座に居ついたままの寿女へ、糸箱から糸を取ってきてやったり、針の代えに心を配るのは銀三であった。銀三は、この家に住込んでからは、ずっと師匠の身のまわりの世話から客の取り次ぎ、勝手元いっさいまでも独りで取り仕切って、針に打ち込む間もない時がある。師匠と共にいるこの暮しを何よりの喜びとしているし、この律儀一途な性分を重宝がって連之助は、自分もまた師匠のように身のまわりのことをさせつけていた。
或る時、師匠から「四君子」と題が出て、三人の弟子は競うてかかりつめたが、誰れよりも早く仕上り、師匠の糸ぐせも巧みに出して、色彩りも鮮やかに人眼を惹いたのは、連之助の仕事であった。