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しらねのふもと

白峰の麓

大下 藤次郎

「みずゑ」1910(明治43)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页

青空文庫

もし道の半ばにして、あの上の大きな石の一つが動いたなら、そのままこの早川渓の鬼とならねばならぬ。

君子は危うきに近よらずという。私はここから引返そうと思った。虎穴に入らずんば虎児を得ずという。私は前へ進もうと思った。そして奈良田にゆけば雪の山が見えよう。雪の山を見たいという私の欲望は、終にこの危うき道を、三斗の冷汗を流しながらも通過さしたのである。

幸いに事なく過ぎて私は顧みた、そして帰途再びこの冒険を敢てしなければならぬと思うて、慄然として恐れたのである。ゆくこと四、五丁、山角を廻ると、太く大なる山毛欅の木がある。その暗き枝を透かして、向うに見える明るき山の色の美しさは、この世のものではない。暫く佇立したが、とても短い時間で写せそうもないので割愛して進んだ。

沢近く下ってまた上ると、ボツボツ藁屋根が見える、中には石を載せた板屋根もある。白壁も見える、麦の畑桑の畑も見える、早川谷最奥の部落奈良田であろう。

村に入ると、四、五人の子供が出て来た。いずれも目を大にして私を見上げ見下している。「異人だ異人だ」というのもある、「アンだろう」というのもある。