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はくもくれん

白木蓮

豊島 与志雄

「芸術」1947(昭和22)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,039 字 · 24 页

青空文庫

」

喜美子はいつも、明るい顔で、明るい眼眸だ。糸切歯の笑みが消えると、桃代と向き合って、ぴたりと体勢がきまる。

桃代は三味線の調子を合せて、ちょっと間を置く。それから掛声と共に、爪弾きだが、二の絃と三の絃がいっしょに、チャンと響くと、喜美子の美しい声が謡いの調子をこなしてゆく。――稲荷山三つの灯し火明らけく。

そんなことが、私の心にしみるのだ。浅墓な感傷だろうか。私は涙を眼にためながら、なにか堪え難い気持ちで、立ち上って硝子戸を開く。すぐ眼の前に、白木蓮の大きな花が咲いている。もう暮れてしまった夜の闇に、青みを帯びて仄白く、造花のようにも見えるし、何かの化身のようにも見える。冷たい大気に漂ってるその香気が、やさしく私の肌を撫でる。私は何かに憑かれたような心地で佇んだ。

その白木蓮の花が、今、桃代の死体のわきに活けてある。桃代の死体は、柔かい布団の中にすっぽりと埋まって、形体も見分けがつかない。彼女はその体躯ごとにどこかへ脱け出してしまったかのようだ。

ちょっとひっそりとした一刻の合間だった。婆やさんがお茶をいれてくれるだけの時間に、私は告別をすました。